エッセー

20代最後の日に思うこと

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今日は僕の20代最後の日だ。しかしなんの予定もない。

今日と明日でなんとなく若者だった自分がそうじゃない自分に切り替わってしまう気がする。そんな境目である今日が、なんとなくすごく大きな、大事な1日のように思ってしまう。
きっとそんなことはないんだろうけど、そんな今日と明日という日に限って予定がない。

このままダラっと30歳を迎えてしまうのを避けるために、20代を終えようとしている今の考えをしたためて、少しでも今日明日を特別な日に仕立て上げようと思ったので、「20代最後の日に思うこと」というタイトルで記事を書こうと思い立った。

 

20代最後の日を迎えて

よく聞く言葉だが、「昔は自分が30歳になった頃には、既に結婚していて子供もいて精神的に大人で〜」などと僕もそう思っていた。

しかし現実は子供どころか結婚もしておらず、趣味の音楽とバイクも変わらないし、服装だって大人になったわけじゃない。ゲームやアニメは変わらず大好きだ。
中身は20歳前後の頃と感覚はなんら変わらない。いやきっと変わっているのだろうがその変化が自分の中ではゆっくりだから実感できないのだ。

僕が小さい頃なんかは30歳になると結婚している方が当たり前な時代で、それこそお見合いなどで必死に結婚相手を見つけそれでも結ばれない人たちは「売れ残り」なんて揶揄されていたようだ。ひどい話だが。しかし現代は晩婚化が進み、僕の同級生でも現在結婚している割合はというと半々ぐらいと言ったところだし、結婚していないことへの危機感もそれほど無い。

どこかのタイミングで価値観がガラッと変わるなんてことはあり得なくて、どの価値観も時代とともに緩やかに変化し、人間はそれに順応するようになっている。例外として昨年のコロナで世界中の生活様式と価値観がガラッと変わったというのはあるが、それにもきっと順応していくのだろう。

結局何が言いたいかというと、20代最後の今日と30歳になる明日でガラッと感覚が変わるわけもなく、これからもゆるやかに大人になっていくんだろうな、ということをふと考えたというわけである。

 

「若者」というのは相対的な価値観

なんとなく、20代が終わると「若者」でなくなった感じがする。しかしそれは単なる数値的なものであり、側から見て自分が20代か30代か、若者かそうじゃ無いかなんて区別はつかない。

「若者」というのは相対的な価値観だと思う。要は「○歳になったから若者じゃない」ということではなく、関わる人との関係性やエネルギーで若者かそうじゃ無いかが変わってくるんじゃ無いかと思う。

例えば、小学校教諭をやっていて30歳を迎えると、小学生からは立派な「大人」とみなされるだろう。しかし40、50代の教諭が集まっている職員室に戻ればまだまだ「若者」として扱われるかもしれない。

僕自身、20歳前後の人たちを見ると「若いなー」とふと思ってしまう29歳の自分もいるし、かと言って年上の人たちにはまだまだ若者扱いしかされない。おそらくそういう「狭間」がこの30歳前後という年齢なんだろう。

あとはエネルギーの持ち方、いわゆる精神面の持ち方も大事かなと思う。年齢を言い訳にして、やったことのない新しいことや若者向けのコンテンツに挑戦することを躊躇ってしまうことも多いと思うが、いかにそれを払拭できるかが精神的な若さを保てるかどうかに関わってくると思う。
25歳でも年齢を理由に落ち着いてしまっている人は既に年老いているし、逆に60歳でもエネルギッシュに自分のやったことのないことにチャレンジしている人は若いと思う。

だから「○歳」という絶対的な数値に捉われて、それに応じて自分の人生や心境を変化させないようにしたい。なぜなら絶対的数値としての価値観は、メディアやマスコミによって影響された大多数側の価値観が主になっていて、それが自分の人生を幸福にしてくれるとは限らないからである。

少数派:アンチマジョリティこそ幸福への道である

幸福のかたち、それはひとそれぞれ。 そう言ってしまうと終いだが、世の中にはいわゆる「幸せ」というものに対しての一般認識があり、「幸福度」という数値まで出されている。 僕はこの一般認識:多数派としての「 ...

 

30歳になったからそろそろ結婚しよう、35歳にもなって新しいことに挑戦するのはもう遅い。これは他人が決めた価値観であって自分の意思じゃない。だから年齢関係なく、結婚したいと思ったから結婚するし、やりたいと思ったから何歳であろうがやってみるのだ。

「若者」なんて言葉は相対的な価値観だからこそ、年齢という絶対的な数値に振り回されずに自分の舵は常に自分で持っていたい。

大人になると、「やらないといけないこと」しかやらなくなってしまう

「好きなことをして生きる」「やりたいことをやれ」 ブロガーやYou tuberなど多岐にわたる会社に属さない職が生まれ、「自由」を身につけた彼らはこうやって言う。 彼らに対し、一般人は尊敬と軽蔑という ...

 

20代のうちにやっておきたかったこと

さて、30歳を迎えるにあたって20歳でやっておきたかったことといえば、海外旅行がまず思いつく。やろうやろうと思っていたが主に金銭的な理由で結局せず。しかもコロナによって今は海外旅行に行くことは叶わなくなってしまった。

ただ今は少し考えが変わっていて、「海外旅行」についてすこし話をしようと思う。

「海外旅行」について

今年の正月実家に帰省していて、母といろいろな話をしたのだが、そこで僕が「もしコロナが落ち着いて、お金関係なくどこでもいけるとしたらどの国にいきたい?」と聞いた。

するとその返答が、「どの国にも別にいきたいと思わない。その代わり、日本の知らないところを回ってみたい。」と言っていた。
海外のどこにいきたいかという質問に対してこう返答する人は、我が親ながら初めて出会ったので驚いた。

その理由はというと、日本が好きだからとか言葉の壁がとかそういうことではなく、「自分が生まれたこの日本という国は世界中から見てもきっととんでもなく美しいものがたくさんある国で、多分それは主要な観光地じゃないところにもたくさん散りばめられている。それを自分の目で見て回って、日本という国の美しさを目にしたい」と言っていた。

この考えは僕も賛成だ。かと言って僕は海外のどこにいきたいと聞かれるとすぐに海外の国を挙げてしまうのだが、素晴らしい考えだと思った。

そう考えると「海外旅行」についての意義にも少し疑問が湧いてくる。もちろん、海外に行ってその国々の文化に触れることは重要だし、肌でそれを感じて学ぶことはとても大事なことだ。
しかし多くの場合はそんな学びや成長を目的にしたものではなく、観光や食を目的にしたものであり、友人や恋人と軽い気持ちで観光ツアーをするのが大半だろう。

もちろんそれを悪いと言っているわけじゃない。しかしそういう観光ツアーと、自分が生まれた国のまだ知らない美しさに目を向けるのとどっちが重要だろうかとも思ってしまう。

あとこれは妬みや僻みではなく実感として感じているのだが、「海外旅行をした」ということで自分を一つ上の立場に立たせようとする人、いわゆる「海外旅行マウント」を取りたいがために海外旅行をする人が目についてしまう。当然本人はその自覚はなく、しかし深層心理ではそうなっている人がいる。

日本人はほとんどの人が海外コンプレックスを持っている。日本よりも海外の方が優れていて、美しくて、魅力的なものだと思い込んでしまっている。だからこそ海外に行ったということで他人よりも優れている、1段上のステージにいるという勘違いを起こしてしまうのだろう。僕はそういう人の言葉を信用できない。

もちろん僕は海外に行きたい。見たことのない景色をたくさん見たいし、知らない文化にも触れてみたい。しかしそんなマウントを取ることは限りなく空虚なことだなと思うし、それを理由にして海外には行きたくない。

逆に、海外に行って、そこでの体験を日本と比較し、日本の良さを語っている人は素敵だなと思う。そういう比較ができることについては海外旅行の意義は大いにあると思う。

「ゲームさんぽ」というYoutubeのゲーム実況企画が好きなのだが、その一つに「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」というゲームを気象予報士の石原良純さんがゲームプレイを見ながらいろいろと話すという回がある。
そこでの言葉ですごく印象に残っているのだが、「日本の空は世界一美しいと思っている」ということを言っていた。これはきっと世界中いろいろな空を、それも気象のプロとしての目で見てきた石原良純さんがそう言うのだ。もちろんこれは彼の主観でしかないが、説得力はある。

10:34〜

僕も含む多くの人が、海外の魅力ばかりに意識がいって日本のいつでも見れる美しさを忘れがちだ。

コロナもまだまだ落ち着く希望が見えない今、せっかくこんな状況なのであれば行けもしない海外に思いを馳せるのではなく、日本の美しさに目を向けるいい機会なんだろうなと思った。

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この記事をもってこのブログの記事数が100を達成した。 このブログを始めた当初は決まった目的はなく、ただただ「100記事を達成する」ことを目標にしていた。なぜならもともと僕は極度の三日坊主だったからだ ...

 

どういった30代にするか

前項は20代最後の日というタイトルと全く関係ない話になってしまったがここで話題を戻そう。ここからの抱負、じゃないけど30代をどういう風に過ごしていきたいかと考える。

わりと色々な経験をしてきた方ではあるとは自負しているが、それでもダイナミックさに欠けたなというのが自分の20代を振り返っての感想だ。

例えば多分、結婚や出産、転職や引越しなどはなんとなく自分の予想がついてしまうことだから、自分の身にそれが起こったとしてもあまり大きな振り幅に感じないんじゃないかと思っている。当然その都度感動はあるだろうが、例えば40歳の既婚の人に「20代で一番印象に残ったことは?」と聞かれて「結婚」と答える人は少数なんじゃないかと思う。

昨年はとにかくいろいろな新しいことにチャレンジするという目標を持って1年間を過ごした。結果すごく刺激的で、その中で身になったものやもちろん役に立たなかったこともあったが、この何事にもチャレンジする姿勢を持つことはとても大事だと思った。30代になっても引き続き、やったことないことや見たこと聞いたことのないものに積極的に挑む精神でいたい。

あとはもっと人に関わり、人に頼ろうと思った。フリーランスとして独立して5年が経とうとしているが、その間いろんな人に助けられたが業務自体はずっと一人でやってきた。

ただしやはり一人の力やできることの範囲には限界がある。僕のいうダイナミクスに欠けるというのはたぶん、人との関係が薄いからなんじゃないかと思う。もっと人と何かを成し遂げたり獲得したり、喜びや悲しみを共有することで人生や感情の振り幅は大きくなるんだろうと思った。

この一年はとにかく一人の時間が長かった。それを反動にしてこれからは積極的に人と関わり、豊かな30代にしていきたいなと思う。

でも何より一つ。「20代」「30歳」なんて区切りにはなんの意味も無いなということ。

 

明日迎える誕生日、平日ということもあり悲しくも一人で過ごすことになりそうだ。はじめて一人焼肉にでも挑戦してみようかな。

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